浜松はものづくりの町 世界で初めてテレビのブラウン管に文字を表示

浜松は国産テレビ発祥の地としても有名

浜松は国産テレビ発祥の地としても有名で、1926年に世界で始めてブラウン管に「イ」の文字を表示させたのが、日本テレビの父とも言われて名誉市民である高柳健次郎です。
高柳健次郎は、浜松高等工業学校の教授を務めてNHK技術研究所でテレビジョンの開発をします。
初めてブラウン管に文字を表示させたときの再現模型「ニポー円盤レーザーテレビ実験機」も「高柳記念未来技術創造館」で実験を体感できます。
今から約90年も前に生まれた技術は、その後急速に成長をしていきました。
現在、何気なく映像として映し出されていますが、この画面を作り出すためにものづくりの努力と優れた技術力が詰まっています。
それ以外にも1890年には石川倉次が発明した点字が日本式点字として正式に採用されていますし、1900年には服部倉次郎が浜名湖湖畔で養殖地をつくって、ウナギの養殖が始まりました。
1921年に松島保平が金平糖製造機を発明、1922年は福永浅雄国産初の本格的旅客機「天竜10号」を完成しています。
他にもメロン栽培で西尾良一が温室用ボイラーを完全燃焼装置の開発、杉浦睦夫が世界初の胃カメラを発明、村松啓次郎がウナギの養殖で、ビニールハウスによる加温養殖法を生み出すなどたくさん浜松から生まれているのです。

出張で浜松到着なう.新幹線のラチ内にあるカワイのピアノで謎の演者が謎の音楽を奏でていた… さすが「楽器」の街である.
富山も「ものづくり」の街として不二越のアームロボットやスギノマシンのウォータージェット加工機を据え付けて,自由に操作できるようになっているとイイと思う. pic.twitter.com/Hp9S4fhLC3

— K.G.小林 (@kgkobayashi) 2018年3月25日

繊維や楽器、オートバイが三大産業として有名今もこれからもずっとものづくりの挑戦は続く浜松は国産テレビ発祥の地としても有名

浜松 ものづくり | 浜松ものづくりマイスター